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最高裁判所第一小法廷 平成4年(行ツ)6号 判決 1992年10月08日

北海道北見市寿町三丁目五番一八号

上告人

益井愛人

右訴訟代理人弁護士

佐藤哲之

今重一

今瞭美

郷路征記

石田明義

長野順一

笹森学

田中貴文

佐藤博文

北海道北見市青葉町一三番地

被上告人

北見税務署長 福士良明

右指定代理人

有田千枝

右当事者間の札幌高等裁判所昭和六三年(行コ)第五号所得税更正処分取消等請求事件について、同裁判所が平成三年八月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人佐藤哲之の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を論難するか、独自の見解に立って原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 味村治 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 小野幹雄 裁判官 三好達)

(平成四年(行ツ)第六号 上告人 益井愛人)

上告代理人佐藤哲之の上告理由

第一 原判決には、憲法一条、同三〇条、同三一条および同八四条並びに憲法のこの条項に基づいて解釈されるべき国税通則法一六条一項一号、二四条および所得税法二三四条一項の解釈を誤った違法がある。

一 原判決は、国税通則法一六条一項一号に定める申告納税制度について、(それは)「国税についてみれば、国税通則法一六条一項一号により創設された制度であって、納税義務者が納付すべき税額はその者のする申告により確定することを原則としているものの、同法二四条等により、最終的な税額の確定は税務署長に留保され、その更正のないことを条件としてその申告が承認されるにすぎない」とした上で、税務署長の調査権について、「所得税法上の申告納税制度においても、税務署長は、所得税の更正確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現するため、納税義務者がその義務を正しく履行したか否かを調査する職責を有し、申告税額が自己の調査したところと異なる場合には、申告税額に拘束されることなくこれを是正することができるものというべきところ、税務署長がどのような場合にかかる調査をすべきかについては法の明定するところではないから、税務署長は、過少申告と疑うに足りる事情の存する申告について調査をすることのできることは勿論、申告の真実性、正確性を確認する必要性の存する場合に調査することも何ら妨げられるものではないと解すべきである」とし、

更に所得税法二三四条の質問検査権について、(それは)「右調査を行うための実効性のある制度として設けられたものであるから、税務署等の調査権限を有する職員において、調査の目的、調査すべき事項、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、事業の形態等諸般の具体的事情にかんがみ、客観的な必要性があると判断される場合には、調査の一方法として行使することができると解すべきである」と判示する(理由一の1)。

二1 しかしながら、国民主権の下での申告納税制度は、単に法律による創設的制度ではなく、憲法一条(国民主権)、三〇条(納税義務)、三一条(適正手続の保障)および八四条(租税法律主義)に直接的根拠を持つものであり、その解釈にあたっては右憲法の諸条項に従わなければならない。

けだし、申告納税制度は、「元来種々事情の異なる納税義務者について適正公平な課税が行われるためには、その内容を最も熟知する納税義務者による課税標準等の申告が・・・要請される」という便宜的なものというだけでなく、「納税義務の履行を国民自ら進んで遂行すべき義務と観念することによって、その申告をできるだけ正しいものとし、同時にその申告行為自体に納税義務確定効果を付与せしめることが、民主主義国家における課税方式としてふさわしい」(税制調査会答申)という本質的性格を有しており、その性格に基づき、国民主権・民主主義を基本理念とする憲法の租税法律主義自体の内容を構成していると言えるからである。

2 従って、申告はそれ自体として最大限尊重されなければならす、国税通則法一六条一項一号および同法二四条により税務署長が当該申告書に係る課税標準等または税額等を更正し得る場合は、その申告の計算が法律の規定に従っていなかった場合とその申告が税務署長の調査したところと異なる場合に厳格に限られ、しかも、その調査は当該申告に誤りがあるという具体的かつ合理的な疑いが客観的に存在する場合で、かつ、更正処分に必要な限度においてのみ許されるにすぎないというべきである。

3 また、右調査の一方法として認められている質問検査権(所得税法二三四条)についても、それが特に被調査者に受忍義務を課し、刑罰による間接強制まで認められているものであることに鑑みれば、右一般的調査の必要性の要件以上に、質問検査の方法によらなければ調査の目的を達し得ないほど高度の必要性がある場合に限られると解すべきである。

4 なお、右調査に際し、被調査者が調査の理由を告知され、その必要性について弁明・弁護の機会を保障されるべきであることは憲法三一条に照らしてもいうまでもないことである。

三 原判決は、右のとおり憲法一条、同三〇条、同三一条および同八四条並びに憲法のこの条項に基づいて解釈されるべき国税通則法一六条一項一号、二四条および所得税法二三四条一項の解釈を誤った結果、質問検査権行使の必要性の要件どころか調査の必要性の要件すら満たさず(原判決により引用されている第一審判決の理由二の1で指摘されている事情は、誤記入(<1> 被上告人が上告人の昭和四三年度の確定申告書に記載された事業所得についての収入金額および必要経費が上告人の営業規模からみて著しく過少であると認定したとの点――この点は、第一審判決自体が「これは事業所得の収入金額欄には売上金額を記入すべきところ原告は独自の理解に基づき売上差益金額と雑収入の合計額を記入し、また必要経費欄には仕入関係を含めた全経費を記入すべきところ仕入金額を除外して記入したことによる」と認めている。)や記載漏れ(<2> 上告人の昭和四四年度の確定申告書には、事業所得について収入金額および必要経費の記載がなかったとの点)で訂正を求めれば済む事由や課税庁の主観的・抽象的疑いにすぎない事由(<3>)というべきである。)、かつ、調査の理由が十分に告知され、それに対する弁明・弁護の機会が十分に保障されていないのに、いずれもこれを満たしているとし、本件調査の適法性を認めると帰結する違法に犯しているのである。

第二 原判決には、憲法一条、同三〇条、同三一条および同八四条並びに憲法のこの条項に基づいて解釈されるべき所得税法一五六条の解釈を誤った違法がある。

一 推計課税の必要性の判断基準について

1 原判決は、この点について、「税務署長が所得税について更正をする場合、直接資料によらず、各種の間接資料を用いて所得を認定する推計課税(所得税法一五六条)は、直接資料を用いて所得の実額を把握することに代わる例外的な措置であるから、原則として、充分な直接資料が得られないとき、すなわち推計の必要性が存するときにはじめて許されるものと解される」との第一審判決(理由三の1)を引用している。

2 抽象的一般論としては右判断を是認し得るが、そこに「充分な直接資料が得られないとき」というのをどのように具体的に解釈するかが問題となるところ、それは、第一で述べた申告納税制度の趣旨に照らして、納税者が信頼できる帳簿その他の資料を備え付けていないとか、あるいは、課税庁の適法な調査に対して資料の提示を拒み、非協力的態度をとるなどのため、課税庁において課税標準の実額を把握できない場合に限られるというできである。

3 しかるとき、課税庁の調査の適法性については右第一において述べたとおり解すべきところ、本件調査は違法であったのであるから、直ちに推計課税の必要性を認めた原判決が違法を犯していることは明白である。

二 推計課税の合理性の判断基準について

1 本件推計課税は上告人の主張する売上金額に類似同業者の平均差益率を乗じて差益金額を推計する方法でなされているとされる。従って、本件における「推計課税の合理性」をめぐる論点は「類似業者の平均差益率」というものの合理性がいかなる場合にどのようにして担保されるかという点にある。

2 この点に関し、原判決は、「推計の基礎となる比準同業者の数は個別事情を平均化するに足る件数の得られることが望ましいが、当該納税者と地域が同一の地区で正確な資料を有する同業者が僅少な場合には・・・比準同業者が本件のように二例であっても、そのことから直ちに推計の合理性が否定されるものではなく、比準同業者との業務形態の類似性の有無・程度あるいは当該納税者に比準同業者から得られる数値による推計を不合理ならしめる程の特殊事情が存するか否か等から推計の合理性の有無を実質的に判断するのが相当である」との第一審の判断(理由五の2の(二))を引用している。

3 しかしながら、右判断は、それ自体として自己矛盾している上、この社会の経験則にも明らかに矛盾しており、かかる経験則をも内包していると解すべき所得税法一五六条にも違反している。

すなわち、右判断も、一方では、そもそも個別事情を平均化するに足りる件数がなければ、特に本件のごとく二件、あるいは一件の場合には、「平均」差益率を得ることができないという統計学上の常識を無視し得ないことを告白しているにもかかわらず、他方では、その「平均」でない差益率を推計の基礎として利用し得るだけの合理性があるかどうかの判断資料を、それを用いる課税庁にではなく、「比準同業者が本件のように二例であっても、そのことから直ちに推計の合理性が否認されるものではなく、比準同業者との業務形態の類似性の有無・程度あるいは当該納税者に比準同業者から得られる数値による推計を不合理ならしめる程の特殊事情が存するか否か等から推計の合理性の有無を実質的に判断するのが相当である」として、納税者側に提出された類似業者の申告数字以外の特殊事情の主張・立証責任を負担させている。これは明らかに自己矛盾した判断だといわなければならない。かかる場合には、類似同業者だと主張する業者の類似性、その差益率を推計の基礎として使用することの合理性を課税庁がその業者の申告数字以外の事情で立証しなければならないはずである。

ところが、課税庁である被上告人は、他の例と同様、守秘義務を理由に類似同業者として主張したA、B二者について、その住所、氏名を明らかにせず、その申告書の数字以外の事実をもってその類似性あるいはその差益率を推計の基礎として使用することの合理性を立証することを一切放棄した。

しかりとすれば、本件推計課税には何の合理性もないことになる。この意味でも原判決の違法は明らかだといわなければならない。

4 なお、このように守秘義務を理由に課税庁が自己の都合だけで他者の申告書を利用しておきながら納税者に反証の手段を与えない訴訟態度は公正なものではない。かかる訴訟態度を是認し、上告人が類似同業者とされた二者について特定して主張したにもかかわらず、その認定すら求めず訴訟を進行させた原審の訴訟指揮は実質的にも公正な裁判を受ける権利を保障した憲法三二条、三一条にも違反する。

第三 結語

以上のとおり、原判決には憲法に違反し、かつ、法令解釈の誤りの結果結論に影響を及ぼすことが明らかな違法があるから、取り消されるべきである。

以上

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